2015年3月22日

苦難の中での「喜ぶ」力
いつも主にあって喜びなさい。
もう一度言います。喜びなさい。

ピリピ人への手紙4:4

この聖書の句節はパウロというキリストの弟子が、
宣教活動のゆえに牢獄に囚われているときにピリピ
のクリスチャンに宛てた手紙です。

自分が牢獄にいるという状況で喜びなさいと勧告します。
これは、本人が「喜び」というものを持っている前提で
しか書けない内容です。

パウロがいう「喜び」とは神様を信じて環境状況に左右
されない心の有り方です。

多くの人は幸せを求めます。しかし、いくら環境状況が
満たされてもそれは、一時的な喜びでいつまでも続かな
いのです。裕福な人でも必ず問題がやってきます。経済
的な問題はこの日本では少ないかもしれませんが人間関
係での社会関係での重圧は皆大なり小なりあると思いま
す。一度も裕福な環境に満たされないでこの世を去る人
も多くいます。自分が生まれて来た事を後悔する人も多
いと思います。実は恥ずかしながら、この私も「生まれ
てこなかった方が良かった」とつぶやいたことがありま
す。

自分の存在について悲しく思ったのです。こんな時に
「喜びなさい!」なんて言われたら、励みになるどころ
か、嫌味にしか聞こえないでしょう。

しかし、聖書はどんなときにも「喜び」を持つ事が出来
る秘訣が書かれているのです。これが、真の愛の神を信
じる信仰から来るのです。

勘違いしないでください。神を信じる気持ちが「喜び」
を生み出すのではないのです。それならばどこの宗教
にでもある宗教心なのです。
それは、理屈や理論でなくて神様に愛されていることが
聖書の神の約束の言葉とそれに伴う体験でわかるように
なるのです。もちろん私自身への個人的な神の愛として
です。神様の言うとおりにすれば私たちは必ず神様がわ
かるようになるのです。

これが、聖書の言う「聖霊」の働きです。私はこの神か
ら送られる聖霊を祈り求めました。現実として,超リア
ルな事として受けることができたのです。

私事ですが、聖霊を通して言葉をかけてくださいました。
「あなたのためにも私は十字架で苦しみを受けた」と確
かに聞きました。その時、私の心はただうれしくうれし
くて涙が止まりませんでした。

私のためにも命を懸けた愛を示してくださったのです。

この喜びは、この世にあるものではありません、また誰も
この喜びを奪い去る事が出来ないのです。

どんな逆境の時でも神は決して私を見捨てないという確信
を得たのです。

この喜びは環境状況によって左右される事はありません。
必ず神はすべての事を最後には益としてくださることを
信じることができるからなのです。

愛する事の素晴らしさを持つためには、神によって愛さ
れていることを知ることなのです。理屈では無く神様の霊
(神の想い=聖霊)によってなのです。

それは、世界中誰であっても求める者には送られる神様か
らの素晴らしい贈り物です。すべての人に勝手には送られ
ません。この話を聞いて祈り求めるすべての人に送られま
す。あなたも是非神の愛を求めてみてください、必ず強く
なれます!

この強さとは、環境状況に左右されない「喜ぶ力」です。
神様によって、自分のうちに「喜び」が宿るのです。

すべての人は神の中に生かされています。神様の愛を受け
入れた時にこの喜びが心を満たすのです。

その「喜び」は環境状況がどんなに悪くても、どんな問題
があろうとも、例え死が襲おうとも、希望が失望にならない
勝利へと導く力になるのです。

この世の勝利者とは誰か?イエスを神の子として信じる者
なのです。

クリスチャンとはそういう強さに変えられた人なのです。