2013年8月25日

「八重の桜」を見ました。

Yes,Jesus loves me.The Bible tell me so.

皆で賛美歌を歌う姿、素晴らしいです。

2000年前、イエス様は、周りの人から憎まれました。
それも神を信じていると言うユダヤ人の指導者からです
それでも、イエス様は神の御心を果たされました。
聖書の預言通りに・・・・

あの使途パウロも、始めはイエス様を信じる人たちを
迫害していました。

しかし、彼は、イエス・キリストが
真実な神の姿だと知ることになります。

イエス・キリストが神であると
あえて神は判りにくくされています。

それは、真の神を求める者だけが見出せるように
敢えてそうされたのです。

 「この世では、自分の知恵でによって
 神を認めるに至らなかった。
 それは神の知恵にかなっている。
 そこで神は、
 教え伝えると言う簡素な方法で、
 信じる者を救う事とされたのである。」

      1コリント人への手紙1:21,22

同手紙2:10
  「神は聖霊によって私達に啓示して
   示してくださったのである。」

イエス・キリストの十字架は隠された奥義としての
神の知恵なのです。

求めるものには、この聖霊があなたに神の愛を
知れるようにしてくださいます。求めないものにはけして
知ることは出来ません。

イエス様はあなたの家の戸の外に立ってノックしています。
しかし、鍵をあけ、扉を開けるのはあなた次第なのです。
心の扉を開けるなら神は入ってきて、出会って下さるのです。

神の愛を多くの人が知れるようにと祈ります。

 

2013年8月18日

「自分で道を見分ける」

各国の著名人を乗せた客船が沈没しそうになりました。
さて、どのように勧めれば船から飛び降りてくれるでしょうか?

イギリス人には 「紳士はこういうときに飛び込むものです」
ドイツ人には 「規則では海に飛び込むことになっています」
イタリア人には 「さっき美女が飛び込みました」
アメリカ人には 「海に飛び込んだらヒーローになれますよ」
ロシア人には 「ウオッカのビンが流されてしまいました、今追えば間に合います」
フランス人には 「海に飛び込まないで下さい」
日本人には 「みんなもう飛び込みましたよ」

ジョークですが、お国柄の性格がよく現れていますよね。

先日、ある人にイエスキリストの福音を伝えると、
そんなに素晴しい話なら、何故日本人はみんな信じないの?

その人は私の話を聞いて素晴らしいと思ってくれたんですね。

そこで、その人に世界の30%以上の人はキリストを信じていますよ。
と言いました。そうしたら、「私は日本人だから・・」
と返されました。

ところで、
ブランドバッグが好きな人は多いと思います。しかし、
何故高いのにぞのブランドバッグを買いますか?
と聞きますと、皆が持っているから、人気があるから、
持ってると皆から注目されるから、大体そのような答えです。
多くの人が、この製品の何処がいいのか説明出来る人は少ないです。
合成皮革なのになんでこんなに高いの?と思うブランドバッグもあります。
みんなが持ってるからと言って、その製品が良いとは限りません。
昔、ビデオでベータ方式とVHS方式がありました。
画質が良いのはベータ方式でしたが、宣伝力でVHS方式が普及しました。
自分で良い品物を求める人はベータを選びました。

自分で見分ける目を持つ人は幸いです。

日本では、徳川時代にキリスト教を邪教として禁教令が出されました。
キリストを信じるなら、見せしめに拷問に掛けられ、殺されたのです。
だから、日本では多くの人がキリスト教を見向きもしなかったのです。
キリストを信じることで災いが来たからです。

イエス様はおっしゃいました。

狭い門から入れ。
滅びに至る門は大きく、その道は広い。
そして、そこから入っていく者が多い。
命に至る門は狭く、その道は細い。
そして、それを見出すものは少ない。
                   マタイ福音書7:13
この後、2つの話が続きます。
①「狭い道に入れ」
②「偽預言者を警戒せよ」
③「固い岩の上に自分の家をたてよ」です。
この3つの話には共通点があります。
それは、自らの意志で賢く道を選択をしなさいと言うことです。
②はその人の素行を見て本物か偽者かを見分けなさい。
③は自らの意志で間違いのない固き神の言葉を選んで実行する者になれと言うことです。

どの道を選択するか自分で賢く選ばないと滅びに至ります。

神は、この世では巧妙に悪に引きずり込む滅びの道があるから、
自らの目で見極めて歩くようにと警告されているのです。

 

 

 

2013年8月11日

「神は求める者に現れる」    ヨハネ福音書4:25,26

4:25 女はイエスに言った、
   わたしは、キリストと呼ばれる
   メシヤがこられることを知っています。
       そのかたがこられたならば、わたしたちに、
       いっさいのことを知らせて下さるでしょう」。
4:26 イエスは女に言われた、
     「あなたと話をしているこのわたしが、それである」

井戸に水汲みに来たサマリアの女性の話ですが、
彼女の信仰を見て私達も神と出会う恵みを分かち
合いたいと思います。

サマリアの人たちは、多民族との混血のゆえユダヤ人から
軽蔑され純粋なユダヤ人でないとされておりましたが、
この女性は、間違いなくキリストを待ち望んでいたのです。
思いがけないところで、思いがけない時にこの女性は
その約束を受けたのです。イエス様は敢えてこのサマリヤ
のスカルというこの街にこの女性に出会うために
来られたと私は考えます。

キリスト(救い主)と出会ったと言う事とは神の約束が
本当であったと言うことです。初めて会った女性の内情を
すでによく知っていたイエス様の力は神のちからと知り、
イエス様を預言者と見ました。そこでいつも不安な要素で
ある礼拝の在り方について質問したのです。サマリア人と
しては真実に礼拝を捧げられているのかという不安が
あったのでしょう。その答えは果たして真実の答えであり、
サマリア人にとっては神からの朗報なのです。その女性は
だんだん確信が湧いてきたのです。そう、私達サマリヤ人
も神に礼拝が捧げられるのだと喜びに満ちたことでしょう。

そして、核心に迫る信仰の言葉を発するのです。それが
4:25なのです。彼女は聖書の御言葉を信じ、キリストを
待ち望んでいました。その答えが26節です。
「私がそれです。」
これはモーセに神の名を聞いた時の答えと同じ意味にな
ります。「私は有る」これが、神の存在を明らかに示して
くださった。最高の瞬間だったのです。

かく言う私も神から直接、言葉を聞きました。それは、
イザヤ書41:10
「恐れてはならない、私はあなたとともにいる。
    驚いてはならない、私はあなたの神である。」
私は確信を得て、無謀にも公務員を辞めて牧師の道を決心
しました。神が良しとしてくれたのだから、恐れるものは
何一つありませんでした。

求める者には必ず神からの答えが有るのです。

エレミヤ書29:13~14【口語訳】

あなたがたはわたしを尋ね求めて、わたしに会う。
もしあなたがたが一心にわたしを尋ね求めるならば、
わたしはあなたがたに会うと主は言われる。
わたしはあなたがたの繁栄を回復し、あなたがたを万国
から、すべてわたしがあなたがたを追いやった所から集め、
かつ、わたしがあなたがたを捕われ離れさせたそのもと
の所に、あなたがたを導き帰ろうと主は言われる。

さて皆さん、傍観者になってはいけません。
求めないと神と出会えないのです。神は御言葉を聞いて
信じ求めようとする者にそれに伴う答えをくださいます。
私には確信があります。神は無理矢理にあなたを信じ
させようとして現れたりはしません。神の言葉を伝えて
くれた人の言葉を聞いて信じようとする人に現れて
くださるのです。

どうぞお求めになってください。このサマリヤの女性に
直接キリストが現れた恵み。あなたにも起こります
ように・・・・心からお勧めします。

 

 

「闇の中で輝く星達」

ピリピ人への手紙 2:14~18
2:14 すべてのことを、つぶやかず疑わないでしなさい。
2:15 それは、あなたがたが責められるところのない純真な者となり、    
    曲った邪悪な時代のただ中にあって、傷のない神の子となる  
    ためである。あなたがたは、いのちの言葉を堅く持って、彼ら
    の間で星のようにこの世に輝いている。
2:16 このようにして、キリストの日に、わたしは自分の走ったことが
    むだでなく、労したこともむだではなかったと誇ることができる。
2:17 そして、たとい、あなたがたの信仰の供え物をささげる祭壇に、
    わたしの血をそそぐことがあっても、わたしは喜ぼう。あなた
    がた一同と共に喜ぼう。
2:18 同じように、あなたがたも喜びなさい。わたしと共に喜びなさい。

 

先日、郡山市の花火大会を見に行きました。
それは迫力があって大変綺麗なものでした。
輝く花火は、闇夜があってのこと。
当然ですが、昼間は花火は見えないのです。
しかし、この世は、闇夜が本当の世界で現実です。
宇宙は万年暗闇です。これが現実です。
昼間はバーチャル空間の世界なのです。
宇宙地球花火が綺麗に見える闇夜の時のように、神様の恵みが現れるのは、苦しい時です。苦しい時こそ、恵みのチャンスなのです。
この世は悪魔が支配していると聖書は言います。暗闇の主権者だとも言ってます。
私達がその暗闇の中で、星のように輝くのは、この悪の世に神の義(ただ)しさを持つからです。神の御言葉によって生きるものには、暗闇のこの世で輝かせて下さるのです。その光はけして闇にのまれないのです。