聖書は何が書いているの?

日本人は聖書を良い人間になるための倫理道徳書と思い込みです。確かにそういう方向にも答えております。しかし、それは神を信じた結果そうなって行くのであって、良い行いをするために神を信じるのではないのです。聖書は神から見て良い人間とは如何なる人間なのかを教えております。人間のチカラでは、決して神さまは正しいと言ってくれないのです。なぜなら、正しいのは神さま只お一人であって、人間は神の前に誰も誇れないからです。

①神は天地創造主で人間を造られました。

②神は天地創造を計画と目的とお考えによって遂行されました。

③人間はアダムとエバより、神の前に罪を犯し、死ぬ事になりました。

④聖書は死罪に当たるはずの人間の霊魂をイエスキリストを通して、                          神の国に迎え、永遠の命を与える約束をし、神と人間の契約書です。

⑤聖書はこの世がやがて終わる事を教えています。

⑥神は愛であり、イエスキリストを通して神の愛を現されました。

⑦神の愛を聖霊により知り、人間が神の愛によって神の喜ばれる人間に変わっていきます。

このように聖書は、

神は人間を造った→人間が傲慢で神から離れ(罪)→人間はイエスキリストによって身代わりにより罪赦される。→人間はイエスを信じると言う事で神の愛を受ける→人間は神の愛により変えられる。→肉体は死ぬが、霊魂は神の国が約束される。

これが聖書のあら筋です。

神が主権者であり、創造主である事の事実を真実として受け止める人は幸いです。聖書は倫理道徳や思想の宗教書ではなくて、リアルな神と人間の契約書なのです。

言わば、人間がいくらいろんな事を論じても、結局神さまの考えが絶対になるのです。人間は神の愛が無しでは生きられない存在であると気付いたとき、その人の人生は必ず成功致します。